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2025.11.25
モノリスグループM&Aーー人的資本経営から始まる業界再構築
2025年11月18日、ワイノット株式会社は、グループ2社(モノリスコーポレーション株式会社・株式会社川村工業)の株式すべてを、株式会社現場共創機構(以下、現場共創機構)へ譲渡した。

調印式の川村 篤社長(左)と川村 剛社長(右)
現場共創機構(東京都港区赤坂、代表:佐藤 大央)は専門工事分野を中心に事業を展開し、今後15年間で800社の連結体制、10万人規模の職人ネットワーク、売上高1兆円の産業プラットフォーム構築を目指す。
会社を手放す――きっかけは、ある日突然に
会社を手放す決断は、計画的に訪れるものではない。ある日、突然やってくる。
――2023年夏の終わり
建設業界でもM&Aという言葉を耳にするようになっていたが、川村にとっては「対岸の火事」。自分には関係のない話だと思っていた。
川村は31歳で川村工業を継いだ。それも3億円余りの借金とともに。
そこからは「どうすれば効率的に返済できるか」を考えながら、ひたすら走り続ける日々だった。むしろ、働き甲斐にすらなっていた。
その後には、構造計算書偽造問題による「姉歯事件」、さらには世界的金融危機「リーマンショック」を経験する。
川村は言う。
「嵐が通り過ぎるまで我慢できれば、そのあとには溜まった仕事が一気に落ちてくる。そのための準備をして待つだけだ」
借金返済が落ち着き、39歳でモノリスコーポレーションを創業。さらに43歳で新たに1社を立ち上げた。
2023年当時、まだ50歳を迎えたばかり。事業承継は差し迫った問題ではなかった。
それは1本の電話から

会社にもM&A業者からのDMや営業電話が頻繁に届いていた。多くは単なる営業トークで終わる。だが、ある若い営業マンの電話だけは違った。
「それなら、一度会社に伺わせてください」
その素直な一言に、「なら、会社に来れば」と返した。
この1本の営業電話が、川村にM&Aの扉を開いた。
担当したのは20代後半の新人アドバイザー。体育会系の爽やかさを持つ青年だった。彼が所属するのは業界トップ3のM&A会社。新人ながらもリードは確かで、スピーディーに専任契約まで進んだ。
初めてのトップ面談
川村はモノリスグループ3社のうち、建設業を主とする2社を抱き合わせで売却希望としていたため、資料作成に相当な時間を要した。
お金の流れは血液、各部署は臓器、司令塔は脳、職人は筋肉――M&Aの資料づくりとは、会社の「解体新書」を作るような作業。中小・零細の建設会社で、ここまでデータが整っているケースは少ない。
たとえM&Aが成立しなくても、会社の棚卸しとして得るものが大きいと感じていた。
――2024年春、桜の頃
初のトップ面談が行われ、その後も他2社と会った。しかし決め手には欠け、話はまとまらないまま時間が過ぎた。
最初の電話からすでに1年が過ぎていた。
まだ50歳を過ぎたばかりで、経営も安定している。焦りはない。
だが、担当の彼には結果を出せない焦りが滲んでいた。若さゆえの経験不足もあり、次第に川村との間に不協和音が生じてきた。
専任契約から非専任契約へ
川村は、他のコンサルティング会社とも話をしてみることにした。
専任契約から1年以上が経過していたため、契約を解除し、新たに3社と非専任の契約を結んだ。
自由な立場で各社と意見交換する中で、川村の意識が変わり始める。
会社を売却するということは、終わりではない。
会社を「継続させる」ために次のステージへつなぐこと。
M&Aは、辞める話ではなく、続けるための選択肢だ。ようやくM&Aの輪郭が見え始めていた。
本命との出会い――この人たちなら
――2025年春
現場共創機構との第1回トップ面談が行われた。
まず現場共創機構の立ち上げメンバーの学歴や経験、実績は圧倒的。「別次元の経営者たち」そう思う一方で、実際に会って話をした彼らは、「現場の感覚をできる限り理解しようとする」姿勢を持っていた。
「人は資源ではなく、資本です」という言葉、あの瞬間、自分たちの価値を正しく評価してくれる相手に出会えたと確信した。

現場共創機構立ち上げメンバー
(写真左から)
添田 優作
東京大学法学部卒業
ベイン・アンド・カンパニーを経て多様な業界で経営・人事・DXに携わる。
企業の成長と個人の幸福の両立を追求し、人的資本経営を思想と実務の両面から支える人物。2017年より夢真ホールディングスで常務取締役執行役員、2021年に株式会社助太刀に参画
佐藤 大央
慶応義塾大学卒業
大学卒業後、野村不動産を経て夢真ホールディングスに入社、2015年同社代表取締役、2021年夢真ビーネックスグループ(現オープンアップグループ)代表取締役、同年7月よりCOO兼務。社員を『顧客』と捉えなおす戦略で、組織を大きく成長させた経営者。
青島 峰久
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)卒業
複数の上場企業でCFO/COOとして成長戦略とIPOを担当。財務構築・資本戦略・上場支援など、企業の持続的拡大を支える専門家。
会社の値段=価値は何で決まるのか
M&Aの話になると、真っ先に問われるのは「いくらで売れたの?」という数字の話だ。
以前に、取引銀行に勧められて会社の査定を試みたことがある。決算書の数字からはじき出された結果を見て、川村の中には疑問しか残らなかった。
有能な技術者、唯一無二の設備、積み重ねてきたノウハウ——それらは帳簿上では、経費として、あるいは減価償却後の資産として扱われる。
企業の根幹をつくる「無形の財産」は数字に映らない。
それでも会社の値段は、決算書だけでは決まらない。買い手がどこに価値を見いだすか——
そこにこそ、本当の「値段」が生まれる。
その価値を見抜き、売り手と買い手を正しく結びつける。
それがM&Aアドバイザーの役割だ。
――M&Aのご相談はお気軽に下記まで――
今回、実際にM&Aを経験・実行した私たちがご相談を承ります。
ワイノット株式会社
Mail:info@why-not.biz
デューデリジェンス
意向表明が交わされるとほぼ同時に、デューデリジェンス(企業調査)が始まった。
M&Aで売却すると決断してから、「会社の解体新書」とも言える資料を作り込んだ。それを土台に、財務・法務・労務とカテゴリごとにびっしりと並んだ質問が押し寄せてくる。
法務だけでも、会社組織・運営、株式、許認可、事業関係…200項目近い確認事項。労務では、建設業にありがちな働き方に踏み込んだ質問が続き、「知らなかった」では済まされない。財務は、複数年を比較し月次の変化に注目、数字の動きが大きく違うところに鋭い突っ込みが入る。
その過程で、整理が追いついていなかった書類や、記録として残していなかった事柄が次々と炙り出された。結果として、社内事務のシステム化を一気に進める好機になった。
大きな組織になるとはこういうことか、と実感した。
会社内部の細かな情報が整理され、瞬時に取り出せるかどうかで、経営者の判断スピードは劇的に変わる。
私たちが目指すのは、10万人規模の職人ネットワークを支える組織だ。隅々まで状況が把握できる、視界のクリアな経営基盤が欠かせない。
今回のM&Aでは、建設業の会社としては管理体制などが高く評価された。けれども、まだ磨く余地は大きい、と痛感させられる経験でもあった。
――M&Aのご相談はお気軽に下記まで――
今回、実際にM&Aを経験・実行した私たちがご相談を承ります。
ワイノット株式会社
Mail:info@why-not.biz
調印式
――2025年11月18日 先勝
この日の午前、モノリスコーポレーションと川村工業は正式に現場共創機構への譲渡契約を締結した。

調印式会場

調印式

契約書の交付(左から川村 篤社長、川村 剛社長、佐藤代表)

現場共創機構メンバーと川村 剛社長・川村 篤社長
尚、ワイノット株式会社およびモノリスグループの現経営陣は継続して経営に参画し、無形資産である建設職人の「技術」「経験」「勘」の最大化を推進する。
思えば――
最初の電話から2年半が過ぎていた。
川村の中で、M&Aは「売る」ではなく「託す」という言葉に変わっていた。
会社がたたき出す数字は、職人の働きによる結果だ。けれどもその数字を出せる会社にしていく舵取りは経営者の役目、だからこそ任せられる相手でなければ意味がない。
現場共創機構を立ち上げたメンバーは、私より若く、経験も資金力も桁違いだ。
彼らは、搾取ではなく「人を資本とする経営」 を掲げる。その強さと優しさ、彼らに託すと決めたのは、今までとは違う大きなステージがそこに見えたから。
私たちが積み上げてきた現場の力と、彼らが持つ戦略と資本が交わることで、建設業の未来は必ず切り開ける。
M&Aは終わりではない。
川村の中で経営者としての区切りを迎えた今、思えば、あの若い営業マンからM&Aの扉は開かれ、それまで関わることのなかった様々な人たちが私の会社を訪れるようになり、最終的に現場共創機構へ入ることになった。
野球に例えるなら、日本の一地方の高校野球チームが、NPB(日本野球機構)を通り超えて、MLB(メジャーリーグ)へとステージを変えたようなものだ。
――参考リンク――
◆川村工業社長の独り言

